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SEEN REPORTS

廃ホテル

夏が終わり、人々がざわめきから少しだけ落ち着きを取り戻し始める季節。

景気付けにと前日に入れたアルコールから抜け出せないまま、おにぎりと地図とわずかばかりの好奇心を手に、強烈な雨に晒される渋谷の雑踏から車を走らせた。

カーナビの時代にあってプリントアウトされた地図はなんとも頼りなく、雨はそんな僕らの不安に拍車をかけて勢いを増していった。

廃ホテル / 廃墟前の日の晩、膨大な候補地の中から行き先にと決めたのは東海地方のとある廃ホテルだった。

選択の理由はただの直感でしかなかったのだけれど、嬉しい事にビギナーズラックだったのかなと思える程、幸運に恵まれていた様に思える。

出発してから車を走らせる事2時間、幸いにも迷う事なく辿り着いた時には、朝、東京の床を殴りつける様に打ち付けた強烈な雨が嘘の様に晴れ上がり、Ruins / 廃墟その場所特有の異空間性と相まって、退屈な日常とのコントラストをより鮮明なものにしてくれた。

本当に美しい場所は、なにも薄っぺらな観光雑誌に載っている所ばかりではないのだと改めて痛感させられる。

静けさのなかに広がる圧倒的なまでの景色。

はがれ落ちた天井、ガラスのない窓、めくれ上がった床、崩れ落ちた階段、剥がれたペンキ、全ては圧倒的なまでに美しく。

そこは崇高で神聖な場所に思えた。

そっと、抑えきれない興奮を隠しながら、物音を立てず、耳を澄ませ、しっかりと、ゆっくりとフロアを移動する。

風が思い出した様に背中を擦り、時折感じる寒さは恐怖とは違う心地よさがある。

風化したもの、荒廃したもの、朽ちたもの、忘れられたもの。

人間の生活の異臭は、雨と風と時間が消してくれるのだとわかる。
ナウシカの中の腐海の気持ちだ。

そんなことを考え乍ら、4階建ての広大な建物の中を歩き回った後、最後にたどり着いたのは崩れた階段をあがった屋上で、突然に開けた空と光は、ここでなら結婚式をあげてもいいなと思える程素敵な光景だった。

この場所では、モノも時間も全てが停止しているのに、空に浮かぶ雲だけがものすごいスピードで増殖するアメーバの様に動き回り、それはやがて建物自体を覆い尽くす霧となって室内にまで立ちこめた。

霧は風景の顔つきを豹変させる。

気がつけば、4時間。

心地よい緊張感と疲労感とともにこの場所を立ち去り、違和感に気がつかないフリをしながら何事もなかったかの様に普段の生活に馴染み、溶け込む。

タバコがとても美味しかった。

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