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ヘンリー・ウェルカム・コレクション | 科学博物館

世界最高峰の医学アンティークコレクション

ロンドン市内を走るメトロに乗り込み、サウス・ケンジントン駅を降りてすぐ、素晴らしき科学の歴史を見ることができる、" Science Museum / サイエンス・ミュージアム " その4階、5階には、膨大な医療の歴史集めたコレクションスペースがひっそりと設けられています。

19世紀後半から20世紀初頭、当時の薬の常識であった粉薬や液体に加えて、現代の私たちがよく知る錠剤の概念を作りだし、莫大な財産を築いた科学者 " Sir Henry Wellcome / ヘンリー・ウェルカム " 彼が生涯をかけて集めた150万点にも登る膨大な量の医学関連のコレクションは、同じロンドン市内にある医療・科学・アートを融合した博物館、" Wellcome collection / ウェルカム・コレクション " と、この " サイエンス・ミュージアム " の二つの博物館をまたぎながら、医学の歴史・最先端の医療技術、その進歩の全景を余す事なく私たちに観せてくれます。

そんな前述の二つの博物館のうち、" ウェルカム・コレクション " が最先端の科学や医学を扱う博物館であるのに対し、このサイエンス・ミュージアム内部に設けられたウェルカム棟は、おびただしい量の器具や資料を伴って、医学の歴史についてのより深い内容の展示を見る事ができる特別な場所で、僕のようなアンティーク医療器具ファンにとっての聖地といっても過言ではない程の素晴らしいコレクションが含まれています。

サイエンス・ミュージアム1階〜3階での多岐に渡る膨大な展示を見終えた後で、クタクタの足に鞭を打ちながら、少しわかりづらい階段を登ると、それまでの展示とは明らかに空気の質の異なる空間へと迷い込む事が出来ます。

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まず4階には、8世紀頃から近代に至るまでの医療現場のミニチュアや蝋人形、そしてアンティークの家具たちによって組まれたセットがガラスの向こう側に広がり。その精緻な作りは、当時の情景をありありと今に伝えてくれます。

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具・衣装・照明・家具、そのどれもが現代の私たちの知る医療現場とは大きく異なる中、やがてグラデーションを伴って見慣れた医療の現場へと進歩していくその情景は、いつの時代にも私たち人類の横には常に医療があったという事実を改めて提示してくれます。

空間を埋め尽くす医療器具の数々

そんな当たり前にも思える気付きに、なぜか高ぶる気持ちを押さえながら、フロアをまた一つ昇ると、そこに待ち構えるのは、部屋中に並ぶキャビネットというキャビネット、そしてその内部を埋め尽くすのは、ウェルカム氏の蒐集した異常なまでのコレクションの数々。

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紀元前・後の医療に際して用いられた器具や術具、人体をかたどった人形などの原始的な医療器具たちが、人間と医療の関係の始まりを示すと。時代とともに徐々に集積される人類の知識に基づき進化を遂げる道具たちが続き。やがて唐突に、錬金術の怪しげな記号の数々・その為の道具。あるいは魔術・それらをまとめた古い本の数々が現れます。もちろんそんな一見無関係にも見える中世の怪しげな点の羅列も、純金の精製への飽くなき欲望はやがて化学の発達へ、薬物・劇薬への希求は後の薬学の発展へという具合に、中世特有の混沌を経ることで、やがてそこに現れる医学との親密な関係性が線として浮かび上がります。

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そしていよいよ、アンドレアス・ヴェサリウスのファブリカ、そこに描かれるあまりに熱狂的な解剖教室の住人達が、あるいは静寂のパドヴァの街に、皮をはがされて立つ生き生きとした死体の数々が、高々と声を張り上げ近代解剖学の幕開けを告げると。その周辺を埋め尽くすように展示されるのは、15〜18世紀に洗練され、研ぎすまされていった、あまりにも美しく魅力的な、木製・ワックス製の人体モデルの数々、人体解剖図譜の数々。

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人体を精密に、論理的に見ようと突き詰めた西洋医学のあり方を反映するかの様に、筋肉の一筋、血管の一本までを、恐怖すら覚えるほどの正確さと細密さで再現した、その当時の人々の造形力の高さに強烈な感動を覚えます。

やがて、近代の戦争とともに発達した医療器具の展示を経て、最後にはこれらの美しいアンティーク器具を使用して撮影された、" Brothers Quay / ブラザーズ・クエイ " のPhantom Museums / ファントム・ミュージアム " が、その瞬間瞬間を切り取りながら、暗闇の中で静かに流れる姿を目にすれば、もうただ呆然とその場に立ち尽くす他ありません。

有史以来、人類の生死の隣に在り続けた医学。その発展に費やされた膨大な時間。その現場で伴われた強烈な感情。そんな目に見えない沢山の何かが、この場所に収められたあらゆるものには宿っていて、それらが発する異様なまでのエネルギーに激しく心を揺さぶられながら、そそくさとこの場所を後にしました。

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