イギリス最大の鳥類の剥製コレクション
ロンドンから電車で1時間、イギリス人のリゾート地として知られるブライトンの山間にひっそりと佇む " ブース自然史博物館 " は、イギリスの博物学者であり、比類無き鳥類のコレクターであった " Edward Thomas Booth / エドワード・トーマス・ブース " によって1874年に設立されました。
鳥類学に異常な興味を示したブースが、生涯に渡って愛した続けた英国の美しい鳥たち。
自ら銃をとり、自身の手で製作した308体にも登る剥製標本を含むこのコレクションは、鳥類の剥製の持つ美しさ、その蒐集に魅せられた一人の学者の人生を今に伝えてくれます。
また、剥製制作に際して生み出された、まるで鳥類が生きているかの様に剥製を展示するジオラマと呼ばれるディスプレイの手法は、後に世界中の博物館の展示方法に影響を与えたことでも知られていて。
自然の姿の鳥達が、薄暗い館内には所狭しと並ぶほか、様々な哺乳類の骨格標本、ブースの書斎を再現した部屋などの魅力的な展示を含むこの博物館は、数あるイギリスの自然史博物館の中でも、際立った魅力を持ち合わせている様に思えます。
博物館の門をくぐると、イギリスに生息する鳥類の剥製標本を納めたショーケースが幾重にも積み上げられています。
エドワード・トーマス・ブース
この博物館の設立者である " Edward Thomas Booth / エドワード・トーマス・ブース " は1840年にその生を授かりました。
一時的にはコロンビアの " Trinity College " に在籍するものの、あまりにも多くの時間を狩猟と博物学、そしてその蒐集へと割いていたため、やがて大学を離れる事となり。
両親が残した遺産を元に鳥類の蒐集を続けると、やがてその強烈な対象への興味は、自身での剥製制作へと彼を導くこととなります。
そしてこの時、彼の愛した自然環境に生息する鳥の姿をそのままに再現して展示する、" Diorama / ジオラマ " と呼ばれる手法を生み出し、この展示方法は後の多くの博物館で模倣され、今に残る展示の常識を築くこととなるのです。
これらは、そんな彼の一途な鳥類への好奇心と入念な観察とが生み出した剥製の数々。
やがて1865年になると、ブースは " Black House " と呼ばれる海沿いの家に移り住み、まるで巣の中の鳥たちのように、自然の姿で配された剥製たちに囲まれながら、さらなる剥製制作と蒐集を続けます。
そして、1874年、制作した剥製はいよいよ家中に溢れ返るまでに成長し、遂に現在の博物館の姿に至ることとなるのです。
館内の中央には、そんな当時の彼の美しい書斎が再現されていました。
そこには鳥類だけでなく、昆虫、鉱物、動物などのあらゆる標本が美しいヴィクトリア時代の家具に囲まれ展示されています。
また、博物館の奥には様々な動物の骨格標本が展示されるスペースがひっそりと設けられています。
当時、架空の動物「ユニコーン」の角だと信じられていた、「一角」の頭蓋骨などを含む海洋生物の骨格標本群や、彼が愛し続けた鳥類だけでなく、ネコ科・サル科などにカテゴライズされた骨格標本の数々と展示風景は奇妙な美しさを含んでいました。
一人の学者の、一途な好奇心によって作り上げられたこの博物館は、博物学発祥の地であり、数多くの自然史博物館を有するイギリス国内に在っても、最も魅力的な場所として僕の目に映ります。
それはこの場所を通して、ブースという一人の人間の探究心と好奇心を、生に見せられたかの様な奇妙な感覚に捕われるからで、好きな物を好きなだけ作り続けた人間にしか産み出す事の出来ないある種のエネルギーを、この場所は含んでいる様に思えるのです。
そして海に近いこの街では、当時のブースも見たであろうカモメたちが飛び交い、言葉を交わし合い、そんな博物館の魅力をより一層引き立てていました。